阪神大震災から10年

By | 2005/01/17

あと2時間ちょっとで、阪神大震災から10年になる。
当時僕は高校3年生で、枚方の実家であの地震を経験した。
枚方は震度4程度だったと思う。
それでも既に築20年だった当時の我が家は、相当に揺れて、漫画のように本棚の上から地球儀が落ちてきて、本当に怖かった。
それからは目を覚ました家族と、長い時間ニュースに釘付けになっていた。
次の日僕は、奇跡的に動いていた京阪電車に乗って、淀屋橋の中之島公園に行った。
何故、そんなところに行ったのかは全く覚えてないのだけど、きっと当時の彼女に会いたかったんだと思う。
お互い無事なのは判っているのに、顔を見ずにいられなかったように思う。
中之島公園でベンチに座りながら、割れた地面を二人して無言で見ていたことだけを、妙によく覚えている。
2日後の19日には、僕は大阪城ホールで行われたBilly Joelのコンサートに行った。
Billy Joelは高校時代、僕が最も良く聴いたアーティスト。
震災の数ヶ月前に、徹夜で並んで手に入れたチケットが、なんと城ホールの2列目ど真ん中という超プラチナチケットだったのだが、そこに震災が直撃した。
諦めていたら、奇跡的に振り替え公演が行われたのだった。
コンサート中にBillyは、「このコンサートの収益金は全額寄付する」というようなことを言っていたと思う。
その声に沸く客席も、即日完売のコンサートだったというのに、半分くらいは空席だった。
行けなかった人は、残念だっただろうと思う。
しばらくして大学生になり、一人暮らしを始めたとき、夜中に冷蔵庫のモーターが動き出して、上に載せている食器の震える音がすると、何度か地震かと思って目が覚めたことがあった。
本当に小さなことばかりだが、僕の震災体験はそんな程度だ。
ただ、震災を思い出すたびに、僕はそういった直接的な出来事よりもまず湧き上がるのが、
「何もしなかった」
という思いだ。
もちろん、受験生という身分だった僕が、現地に行って何かの活動を手伝うことは不可能だった。
何が起ころうが、僕はただ、合格目指して勉強するしかなかった。
それでも「見て見ぬふり」をしたようなわだかまりを、僕は自分に覚えてしまうのだ。
それは、大学に合格が決まった後も、見事に「何もしなかった」からかもしれない。
あれだけ時間があったのに。
だから今は、災害報道を聞くと、せめて募金ぐらいには協力するようにしている。
もちろん、そんな僕のみみっちい募金なんて、あってもなくても状況は変わらないことも、所詮は自己満足にすぎないことも、十分にわかっているつもりだ。
それでも、どこかで理不尽な災害に困っている人がいるのなら、できる範囲の何かをしたいと思うようになった。
つまるところ、そう思うようになった自分の変化が、僕にとっての一番の震災体験なのかもしれない。


11 thoughts on “阪神大震災から10年

  1. はんだ

    センター試験の翌日だったよね。
    うちは壊滅的な場所に近くて遠い所だったので、
    全貌がつかめずにとりあえずチャリで須磨の方に行って、
    愕然とした覚えがある。

    Reply
  2. MOK love life!

    あれから10年。

    阪神大震災から10年。
    10年ってことで、今年はメディアもいつも以上に取り上げてますね。
    10年経って、やっと語られるようになったーーんだと思います。
    私はそのとき、西宮市の学校に通っていたので、
    大変だった友達が何人かいます。
    地震があってすぐ一人暮

    Reply
  3. MOK

    ふくさん、こんにちはー
    阪神大震災以降、私も募金はするようになりました…
    彼女に会いたくなった気持ちもすごく分る気がします。
    結局、ヒトっていうか。。。
    1月17日に、毎年当時を思い出して悲しいって、言ってたおばさんがいました。
    でも、こうして毎年考えて、忘れないようにしなくちゃと思います。
    友達を励ますぐらいしか出来ませんでしたが
    (いや、それも出来てたかどうだか…疑問ですが…)
    僭越ながら、トラックバックいたしました(mm)

    Reply
  4. tame

    今日は特に新聞もテレビも震災の報道が多く、
    否が応でも当時の事を思い出しますね。
    僕は友達の家に行ったあと、二次試験の勉強も
    手につかずテレビに釘付けになり、余震に
    びびりながらクラスの連絡網を待っていました。
    知り合いが直接被災したわけでもないのですが、
    妙に不安になりました。誰かと一緒にいたいと
    思っていたと思います。
    ふくが彼女に会いたいと思っていたのは、
    すごい自然で、ああ、ふくらしいなーって
    思いました。

    Reply
  5. ふく

    >はんだ
    うん。センターの翌日だったね。
    俺が被災地を見たのは関学受験のとき、2月になってからやったわ。
    門戸厄神から歩いてんけど、倒壊してる家が何戸もあったなー。はんだんとこも甚大なとこじゃないとはいえ、すごかったんやろなー。
    >MOKさん
    なんか、募金しちゃいますよね。
    そういえば街頭募金ってします?
    僕は、あれは避けちゃうんですよ。
    申し訳ないけど、ちゃんと使われるものなか見分けられないなーと思っちゃうのです。
    震災のことは、ホント、忘れないようにして、あんなことがまたおこっても、最小限の被害ですむようにしたいですね。
    >tame
    うん、なんか一種の終末感があったよなー。
    彼女に会いたいと思ったのは俺らしいかー。あはは。
    そういえば、あの子は今ごろどこでなにしてんだろーなー、なんてことも同時に思い出すね(笑)

    Reply
  6. KIMIKOMA'S Blogs

    1月17日

    10年前、私は、もうすでに結婚して横浜に住んでいました。
    その日は、全くもって、いつもの朝だったのです。
    予感も胸騒ぎも、何もなかった。

    Reply
  7. きみ駒

    そうか、高3ですか。。
    うーん、私はもう結婚して横浜にいてました。
    とっても大人だわ、私って。
    私もダンナさんも両親が神戸あたりに住んでたので、連絡が取れなくって本当に心配しました。怖かったなぁ、ほんと。
    そんなこんなで私も記事書いて、TBしました。大人の記事やで。うそうそ。

    Reply
  8. MOK

    >そういえば街頭募金ってします?
    街頭募金はあんまりしないですね~確かに。。。
    スタジアムとかで、大々的にしてるのにはしますけれども。
    (サッカーの新潟義捐金みたいの)
    そうそう、
    使われ方がイマイチ信用できないのもあるしー
    募金って、大きな声で叫ばれてるので何かコワイんですよね…(-_-;)

    Reply
  9. ふく

    >きみ駒さん
    ありがとーございます。僕もTBさせてもらいました♪
    >MOKさん
    よかったー。
    なんか通り過ぎるたびにビミョーな気分になってたのですよ。きっとそれって単に気が小さいだけですね。(ーー;)

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  10. 東京のほほん暮らし

    阪神淡路大震災から10年

    ほかの人のブログを読んで回っていてああ、わたし、このことちゃんと振り返るべきなんじゃなかったかなと思って、書くことにした。わたしは当時高校3年生だった。朝方、強い揺れで目がさめた。いや、揺れの直前、なぜか目が開いた。その直後、あの揺れが来た。わたしの住…

    Reply
  11. 東京のほほん暮らし

    阪神淡路大震災から10年

    ほかの人のブログを読んで回っていてああ、わたし、このことちゃんと振り返るべきなんじゃなかったかなと思って、書くことにした。わたしは当時高校3年生だった。朝方、強い揺れで目がさめた。いや、揺れの直前、なぜか目が開いた。その直後、あの揺れが来た。わたしの住…

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