「学力」の経済学 中室牧子

「学力」の経済学 中室牧子

「データ」に基づき教育を経済学的な手法で分析する教育経済学は、「成功する教育・子育て」についてさまざまな貴重な知見を積み上げてきた。そしてその知見は、「教育評論家」や「子育てに成功した親」が個人の経験から述べる主観的な意見よりも、よっぽど価値がある―むしろ、「知っておかないともったいないこと」ですらあるだろう。
本書は、「ゲームが子どもに与える影響」から「少人数学級の効果」まで、今まで「思い込み」で語られてきた教育の効果を、科学的根拠から解き明かした画期的な一冊である。

教育とはなんだろう?教育の可能性とは?
あたり、ちょうど関心がある分野なので、興味深く読むことができました。

教育経済学は、教育を経済学の理論や手法を用いて分析することを目的としている応用経済学の一分野です。そして、私が、教育や子育てを議論するときに絶対的な信頼を置いているもの、それが「データ」です。 大規模なデータを用いて、教育を経済学的に分析することを生業としている私には、子育て中のご両親や学校の先生にわからないことがわかるときがあります

・ご褒美で釣っても「よい」
・ほめ育てはしては「いけない」
・ゲームをしても「暴力的にはならない」

祖母が亡くなる確率は、中間試験の前で通常の10倍、期末試験の前には19倍になり、さらに成績が芳しくない学生の祖母が亡くなる確率は50倍にも上ることが示されたのです

まず長生きしているだけの老人に長寿の秘訣を聞きに行く人はいないのに、子どもの成績に悩む親が、子どもを全員東大に入れた老婆の体験記を買う、という現象が起こるのは奇妙な事態だとは思わないだろうか」(中略)子育てに成功したお母さんの話を聞きたい」という欲求自体に問題があるわけではありません。しかし、どこかの誰かが子育てに成功したからといって、同じことをしたら自分の子どもも同じように成功するという保証は、どこにもありません

ご褒美は、「テストの点数」などのアウトプットではなく、「本を読む」「宿題をする」などのインプットに対して与えるべきだということです。

心理学の手法を用いて内的インセンティブを計測したところ、ご褒美の対象となった子どもたち(=処置群)と、対象にならなかった子どもたち(=対照群)の内的インセンティブには統計的に有意な差が観察されませんでした。すなわち、ご褒美が子どもの「一生懸命勉強するのが楽しい」という気持ちを失わせてはいなかったのです。(中略)
ご褒美にお金を得た子どもたちは、お金を無駄遣いするどころか、きちんと貯蓄をし、娯楽や衣服、食べものに対して使うお金を減らすなど、より堅実なお金の使い方をしていたことが明らかになりました。この実験では、ご褒美と一緒に、貯蓄用の銀行口座を作ったり、家計簿をつけるなどの金融教育が同時に行われていたこともその一因だと考えられます。 お金というご褒美を頭ごなしに否定するのではなく、金融教育も同時に行えば、子どもたちは、お金の価値に加えて、貯蓄することの大切さまでも学んでくれるのです

子どもをほめるときには、「あなたはやればできるのよ」ではなく、「今日は1時間も勉強できたんだね」「今月は遅刻や欠席が一度もなかったね」と具体的に子どもが達成した内容を挙げることが重要です。そうすることによって、さらなる努力を引き出し、難しいことでも挑戦しようとする子どもに育つ

17歳以上の子どもが対象になるようなロールプレイングなどの複雑なゲームは、子どものストレス発散につながり、創造性や忍耐力を培うのにむしろよい影響があるとさえ述べています。ゲームの中で暴力的な行為が行われていたとしても、それを学校や隣近所でやってやろうと考えるほど、子どもは愚かではないのです。

父母ともに「勉強するように言う」のはあまり効果がありません。むしろ、母親が娘に対して「勉強するように言う」のは逆効果になっています。 「勉強するように言う」のは親としても簡単なのですが、この声かけの効果は低く、ときには逆効果になります。エネルギーの無駄遣いなので、やめたほうがよいでしょう。 逆に、「勉強を見ている」または「勉強する時間を決めて守らせている」という、親が自分の時間を何らかの形で犠牲にせざるを得ないような手間暇のかかるかかわりというのは、かなり効果が高いことも明らかになりました。

祖父母や兄姉、あるいは親戚などの「その他の同居者」が、子どもの横について勉強を見たり、勉強する時間を決めて守らせていても、親とあまり変わらない効果が見込めることがわかっているのです

人的資本への投資はとにかく子どもが小さいうちに行うべきだということを示しています。   ただし、ここで「明日からでもわが子を学習塾に通わせよう」と考えるのは拙速です。「教育」と限定せずに「人的資本」への投資、という言い方をしたのには理由があります。 人的資本とは、人間が持つ知識や技能の総称ですから、人的資本への投資には、しつけなどの人格形成や、体力や健康などへの支出も含みます。必ずしも勉強に対するものだけではないのです

非認知能力は、認知能力の形成にも一役買っているだけでなく、将来の年収、学歴や就業形態などの労働市場における成果にも大きく影響することが明らかになってきたのです

親が幼少期のしつけをきちんと行い、基本的なモラルを身につけさせるということは、勤勉性という非認知能力を培うための重要なプロセスなのです。そして、このしつけによって育まれた勤勉性が、平均的な年収の差につながったのだと考えられます

少人数学級は学力を上昇させる因果効果はあるものの、他の政策と比較すると費用対効果は低い政策であることもまた明らかになっているからです

「教育を受けることの経済的な価値」というと、難しい言葉のように聞こえますが、私はいつも次のように説明しています。 「高校を卒業後すぐに働き始めた人と、大学を卒業してから働き始めた人の間では、生涯で稼げるお金に、実に1億円の差があります。1億円を年末ジャンボ宝くじで当てようとすれば、その確率は1000万分の1です。交通事故で亡くなる確率が1万分の1、飛行機で事故にあう確率が20万分の1といわれている中、これは、ほとんど不可能といってよいレベルでしょう。しかし、宝くじで1億円が当たることを夢見なくても、大学へ行けば生涯で稼げるお金は1億円高くなるのですよ」

これまで日本で実施されてきた「少人数学級」や「子ども手当」は、学力を上げるという政策目標について、費用対効果が低いか効果がないということが、海外のデータを用いた政策評価の中で既に明らかになっている政策であることです

中学3年生時点の子どもの学力の35%は遺伝によって説明できることが、明らかになっています。(中略)
「どういう学校に行っているか」と同じくらい、「どういう親のもとに生まれ、育てられたか」ということが学力に与える影響は大きいのです

私たちが期待しているほどに、学校の資源は生徒の学力に影響を及ぼしてはいないかもしれません。そうだとすれば、学力テストの県別順位は、単に子どもの家庭の資源の県別順位を表しているにすぎない可能性もあるのです

学力には、家庭の資源と学校の資源の両方が影響を与えており、そして家庭の資源の影響はかなり大きい―このことを正しく理解せずに、学力テストの結果を学校名とだけ紐づけると、本来学校や教員が負うべきでない責任を、彼らの責任にしてしまいます。これでは、正しく学校や教員にプレッシャーをかけ、学校間や教員間での健全な競争をもたらすことにはなりません。むしろ、有害である可能性すらあります

もしも順位を公表するなら、学校名だけでなく、その学区の生活保護率、就学援助率、学習塾等事業者の数や売り上げなど、家庭の資源を表す情報も紐づけて公表すべきです。そうすれば、学力が学校の資源だけで決まっていないことは一目瞭然ですし、「子どもの学力を上昇させるためには、学校だけでなく、保護者や地域が力を合わせて取り組んでいかなければならない」というメッセージを発信することにもつながるでしょう

学校で平等を重視した教育―「手をつないでゴールしましょう」という方針の運動会など―の影響を受けた人は、他人を思いやり、親切にし合おうという気持ちに「欠ける」大人になってしまうことが明らかになっています。 (中略) 平等主義的な教育は、「人間が生まれながらに持つ能力には差がない」という考え方が基礎となっています。ですから、努力次第で全員がよい成績を取れると考えるわけです。 しかし、残念ながら、現実にはそうではありません。子どもの学力には、遺伝や家庭の資源など、子ども自身にはどうしようもないような要因が大きく影響しています。しかし、平等主義的な教育のもとでは、こうした現実にはあまり目が向けられることはありませんでした。 この結果、子どもは、本人が努力しさえすれば教育によって成功を得られる、別の言い方をすれば、成功しないのは、努力をせずに怠けているからだと考えるようになってしまい、不利な環境におかれている他人を思いやることのないイヤなタイプの人間を多く育ててしまっているのです

南アフリカは、労働力調査や家計調査などの政府統計の個票データをインターネット上で世界中のすべての人に公開しています。この理由について尋ねたところ、「データを開示すれば、政府がわざわざ雇用しなくても、世界中の優秀なエコノミストがこぞって分析をしてくれる」という答えが返ってきました

遺伝や家庭の資源など、子ども自身にどうしようもないような問題を解決できるポテンシャルを持つのは、「教員」だということです

「教員免許を持っているかどうかが子どもの学力に与える影響は非常に小さいのにもかかわらず、教員免許を持っている教員同士の質の差はかなり大きい

「豊田章男が愛したテストドライバー」稲泉連

「豊田章男が愛したテストドライバー」稲泉連

なんと5年ぶりのブログ更新。

やっぱり書評をつけないと、良かった本も流れていってしまう気がするので、印象に残った本は記録していきたいと思います。

第一弾はこちら。

この男なくしてトヨタ再生は語れない!

社長就任発表後、試練の嵐は吹き荒れた。
59年ぶりの赤字転落。レクサス暴走事故を巡って米公聴会出席。東日本大震災の対応にも追われた。  

“どん底”の豊田章男を支えたのは、開発中の事故でこの世を去ったテストドライバー・成瀬弘の言葉だった。
「人を鍛え、クルマを鍛えよ」

育ちも立場も世代もまるで異なる
師弟が紡いた巨大企業再生の物語――。

これは世界最大の自動車メーカーの開発の現場に立ち続けたテストドライバーと、その後ろ姿を追い、今は社長の座に就いた男が、長年にわたって築き上げた師弟の物語である

自分たちの作っているモノを、なるべく現場の近くで見ることの大切さはもちろん、何より好きであることが大事なんだと感じました。
そして、好きであるためには学ばないといけない。

本書の中にも、豊田さんが、成瀬さんとともに、スープラで練習を繰り返す姿が描かれています。

この本を、ブログ再開の1発目に持ってきたのは、僕も、もっともっと動き続けるインターネットの世界の中で、新しいことを知るための努力をしないといけないなと思ったからでした。

そういえば5年で読書環境もすっかり変わりました。
紙の書籍を読む機会は激減して、メインはkindleになりました。

kindleのハイライト機能はとても便利で、印象に残ったところをハイライトしておくと、Webからも取り出せるので、ブログで抜粋が簡単になりますね。

昔は、本当に印象に残ったところを、紙の一節を見ながらテキストに起こしていたもので、そうすることで頭に入るという効果もあったので、善し悪しという面もあるのかもしれません。

「大事なのは、クルマに乗って『ああ、これにもう一度乗りたい』と思ってもらえるかどうかなんです。例えばあそこのレストランが美味いと言うとき、『ソースが美味いから一万円払うんだ』という人はいないでしょう。あれがいい、ここがいい、と言われているうちはまだダメ。乗ってみて『ああ、これはいいね』と言われるのが一番いい。『このクルマはロール(曲がる際の車体の傾き)が少なくていいね』だったら町工場にいけばすむ。このクルマは面白い、このクルマはすごい、と言われるものをメーカーはつくらないといけない」

今のクルマ、気持ち良くないから、買い換えたいなあ・・・

一九九一年のトヨタの販売台数は、累計四百八十万のうちの二百五十万台が国内でのものだった。それが二十五年のときが経過したいま、約一千万台のうち国内での台数は約百五十五万台である。国内の社員数は約七万人だが、グローバル・トヨタでのその数は連結で三十三万人を超えてさらに増え続けている。  二〇〇二年四月に発表された「グローバルビジョン二〇一〇」では、二〇一〇年代の世界シェア一五パーセントという具体的な目標が掲げられ、海外生産への取り組みが一段と加速した。フランス、中国、チェコ、アメリカと新工場が次々に稼働し、五年後には二十七の国と地域で五十三もの事業を展開するに至った。海外を中心に年平均で約五十万台というペースで成長を続けたトヨタは、二十万台規模の工場を毎年二、三か所で新設していった。

不勉強ですが、トヨタが、これほど急なペースで膨張していたイメージがなかったので、意外でした。

数値目標に振れ過ぎていた振り子を、社長は真ん中に戻そうとした。そのためには反対側の強いメッセージを出さないと振り子は戻っていかないので、かなり強い言葉でそれを言い続けてきた。ただ、そのメッセージはそう簡単には伝わらないものでした

公聴会が終わった夜、豊田はCNNのトークショー「ラリー・キング・ライブ」に出演した。司会者のラリー・キングからの辛辣な質問に答えた彼は、最後に「どのクルマが最も好きか」という質問を受けた。  豊田は言った。 「私は年に約二百台のクルマに乗っている。クルマが大好きですから」と。  一連の品質問題による大規模なトヨタバッシングが収まり始めたのは、そのインタビューの後だったという実感が彼にはある。全米の視聴者に対してトヨタ自動車の社長が会社経営ばかりに興味を持つ人物ではなく、クルマそのものを愛する男だということを印象付けたからだ

「クルマをつくっていく上では、タイヤをいかにうまく使うかが何より大事なんだ。まずタイヤが決まって、そこからクルマをつくっていくんだ」

「クルマを開発するには設計図を描いて組み立てるだけではダメだ。レースカーはレースの度に、コースに合ったセッティングに変えるだろう? 一般車も全く同じだ。いくらエンジニアが図面の通りに組み立てたところで、路面に合っていないクルマはいいクルマとは言えない。世界にはいろいろな道がある。その道に合うクルマを開発しなければならない」  つまり、「クルマは道がつくる」と彼は言っているのである

いいクルマをつくるのは人なんです。つまり、僕がしなければならないのは、人を作ることなんだ。そこに部署は関係ない。いいクルマづくりというのは開発や生産技術だけではなく、アフターサービスでも貢献できるし、営業でも販売でも広報でも、クルマとは関係ありませんと言える部署はどこにもない。どんな立場にいても、いいクルマをつくることにかかわることはできる。だって僕らがやっているのは自動車会社なんだから

会社の成り立ちからして豊田佐吉が「上下一致、至誠業務に服し、産業報国の実を挙ぐべし」と豊田綱領に掲げ、喜一郎が「この国に自動車産業を興す」ことを目的としたメーカーがトヨタであり、LFAのようなスーパーカーの開発が簡単には受け入れられないことを身に染みて理解していた。  トヨタにはカローラやハイエースがあれば、ミニバンやトラックもある。それらの大衆車が会社を支えているのであって、金食い虫のスポーツカーの開発などする必要はない。そんな声はいまも昔も根強い。 「うちの会社はスポーツカーやスポーティなクルマを出すには出すんだけれど、純然たるクルマ好きがつくるクルマというよりは、商売の論理がどうしても入ってくる。そこは成瀬さんもフラストレーションを感じていたところでしょう。彼がニュルで鍛えたスープラなんかもそうでした。法律で排ガス規制が厳しくなると、何らかの対策を打たないと新型が出せない。すると、そのタイミングですぐに『それだけの価値があるのか、こんなわずかな台数に』というリソーセス議論にさらされてしまう。  そうすると勝ち目がないんです。売れないじゃないか、台数は小さなものじゃないか、と言われちゃうとね。それは会社の性格上、仕方のない面もあると僕は思ってきた。トヨタは本田宗一郎やエンツォ・フェラーリが作った会社とは違う。だから、この会社でスポーツカーを出すには、そこを乗り越えるために何が必要かを考えなければならない

「トヨタ自動車という会社は、新興国には生活の足になるクルマを提供する会社です。そして、地球環境についてはプリウスのようなハイブリッド技術がある。私たちは環境分野ではトップランナーだと胸を張れる技術を持っているわけです。しかし、トヨタには欠けているものがある。それがクルマ好きの人たちに対して、純粋な夢や憧れを喚起するような商品です。このクルマは、そうした人たちに向けての大きなメッセージになるはずです

「成瀬さんはいつも言っていました。LFAがカーボン・ボディになって本格的な開発ができるようになったとき、自分たちを取り巻くニュルの雰囲気が変わった、と。例えば、僕らがニュルパッケージでコースに入ると、みんなの視線が集まるのを感じるんです(飯田は二〇一一年、LFAで当時の市販車最速である七分一四秒六四というタイムを記録した)。それは『今回は何をやるんだ』という視線で、コースインするとポルシェだろうがベンツだろうが、僕の前をすっとどいてくれる。自動車会社というのは、こうやって尊敬を勝ち取っていくものなんだと実感した瞬間でした」  それはトヨタの歴史のなかで、初めてのことだと成瀬は言っていた

豊田は「最終的な決断でどれだけの人の顔を思い浮かべることができるか。それが経営者にとって重要な資質なんだ」という思いを強くしたと話す。 「工場をともにやってきた人たちがいる。そこにかかわる仕入れ先や関連会社がある。進むも地獄、引くも地獄。しかし、何もしないことは将来に痛みを押し付けるただの先延ばしに過ぎない。その痛みや悲しみを敢えていま背負いこんで、後に良かったと言ってもらえる仕事をすること。それが現役の役割なんだ

「結果をいまに求めない。次の世代が成果をとればいい。そんな思いで働けるのは創業家だけだ。それこそが豊田家が誇るべき伝統だ

年頭所感

年頭所感

2010年は「仕事と家庭をしっかり両立」という、年初に設定した方針を粛々と遂行し、結果としては無事に達成することができました。たぶん。
また「ゴルフで100切り」「外呑みを控える」など、一歩先を見据えた行動も同時に実行することができた1年でした。

本年は以下の2つの目標を掲げ、新局面の開拓に取り組みます。

[1] 安定した90台の創出
昨年はゴルフ分野における展開を強化した1年でした。ただコースでのプレーのみを中心としていたためか、スイングの矯正などはできておらず、結果としてほとんど100ぐらいをウロウロする結果となっていました。本年はもう一度基本に立ち返り「コース」「レッスン」「打ちっ放し」を水平統合させ、安定した90台プレーヤーになるべく第一歩を踏み出したいと思います。

[2] 海外旅行の実行
過去2年実行できていない海外旅行を実現したいと思います。海外旅行の計画はこれまでも死屍累々であり困難は十分に理解していますが、かといって国内で座しているという選択肢はありません。派手さは求めず、雨期のボリビアに絞って、鏡張りのウユニ塩湖をこの目で見ることを最優先して参ります。

あっ、仕事と家庭に関しては言わずもがなということで(・∀・)

中崎町「おっとう」

中崎町「おっとう」

最近ヘビーローテーションなのがココの鉄板焼です。
 
オレンジ色の看板に誘われて、晩ゴハンでも食べようかと、ひとりでぷらぷら入ったのがはじまり。
 
最近では月1回以上行ってる気がします。
 
 
 
鉄板焼屋さんだから当たり前なのだけど、調理場も調理風景も良く見渡せて見ていて飽きません。
 
おそらく10席程度のテーブル席もありますが、断然カウンターがオススメ。
 
よく整理整頓された調理場で繰り広げられるマスターの丁寧な手さばきを見ていると、それだけでも飽きません。
 
 
初めて入ったときは、食事が出てくる前から「この店は当たりだなー」と思わせられた仕事っぷりでした。
 
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注文は圧倒的におまかせがオススメです。
予算や食材のリクエストを伝えたら、それに合わせて良いものを出してくれます。
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前菜。牡蠣がクリーミーで(゚Д゚)ウマー!!!!!
 
 
 
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「野菜が食べたい!」といって出してもらいました。
レンコンが(゚Д゚)ヤベー!!!!!
 
 
  
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鯨ステーキ。全然臭くないです。
 
 
 
 
食材も味付けも、北新地だったら倍はいっちゃうんじゃないかってクオリティです。
おまかせで食べて飲んで一人5000円~8000円くらいでしょうか。
新地的店構えや接客にこだわらないで、おいしいモノをたべたいのであれば、梅田周辺からだったらワンメーターなので、タクシー乗ってでもこっちにきたほうがお得。
今まで何人か連れて行きましたが、みんな満足。
「鉄板焼でおいしい店なんて行ったことがない」
と言っていた奥さんも、この店だけは大絶賛でした。
そんなわけで、梅田周辺で何か食べたいときは、ぜひオススメの一店でした。

鉄板焼 おっとう 中崎町 (鉄板焼き / 中崎町、天神橋筋六丁目、天満)

ブリCH前にて

ブリCH前にて

ブリーゼブリーゼの1階。
ハワイ帰りのブリCH(ぶりちゃん)前で期間限定のテラスやってます!(たしか6/26まで?)
会社の人たちとぷらっと行ったのですが、33階のアラン・デュカスの店が出張してきていて
えらい美味しいおつまみを500円で食べられました。
スパークリングワインを飲みながら、ブリCHの大きなお尻を愛でつつ一枚。
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ええ気分やー(・∀・)

HAJIME RESTAURANT GASTRONOMIQUE OSAKA JAPON

HAJIME RESTAURANT GASTRONOMIQUE OSAKA JAPON

「景気悪い悪いとか言ってるから悪くなるねん。
ぱあ~っと、ええもん食べて景気づけや!
肥後橋にスゲーうまいフレンチがあるらしいで!」
ということで、関西のWeb系なみなさまと、男ばかり5人で行ってきました!
HAJIME RESTAURANT GASTRONOMIQUE OSAKA JAPON

結論としては、うめええええええ!

本日のお品書きが前菜から始まっているのですが、その前にアミューズが三品。

既に前菜に辿り着いた時点で30分くらいかかっていたのですが、今思えばまだ序盤でした。

前菜。
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個室だったので、遠慮無く携帯写真。
どうせならカメラ持っていけば良かったなあ。
なんておいしくなさそうな写りなんでしょう。(´・ω・`)
105種類の野菜を使ったサラダとか。
え?なんて?
最初、何を言っているのか意味がわかりませんでした。
あー、野菜が105種類ってことか!w

個人的に本日一番ヒットだったのがお魚。
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上にのってるのは雷おこし。
じゃない。皮です。
でもそれぐらいぱりっっっぱり。
身もジューシーで、さいこーでした。

で、結局ほとんど写真撮るの忘れて食べてましたw
パン良し、フォアグラもウマー。デザートもこれでもかって出てきます。
でも、なにより良かったののはサービスです。
店員さん、本当に皆さん素晴らしい笑顔で、距離感もバッチリでした。
いや~。褒めまくりですが、大阪にしてはお値段もなかなかのモノです。
そうホイホイ行けないですが、またここぞ!というときには使いたいお店であります。
最後にハジメシェフとパチリ。
hajime
楽しいお話しに、美味しい料理に、良いお酒。
至福のひとときでありました。
ちなみに、店出たら23時でした。
なんと4時間!

そして、この会は定期開催されることになりました。w
次回は僕がセレクトなので、北新地に移転後の、新装やまがた屋さんであります!

関連エントリ:非公式ウェブシャーク社長日記「関西の景気を良さげに見せる会。

HAJIME RESTAURANT GASTRONOMIQUE OSAKA JAPON (フレンチ / 肥後橋、淀屋橋、本町)
★★★★ 4.5

日出鮓(ひでずし) – 京都

日出鮓(ひでずし) – 京都

しばらく食カテゴリをサボっていましたが、ここ最近でみつけたウマーなお店を紹介したいと思います。
まずは京都の日出鮓
後で知ったところブルゴーニュワイン好きには聖地の一つ?らしいというこの店のウワサを、西麻布のワインバーエレヴァージュのマスター、ヨシダさん(ココも非常に良いお店!)から聞きつけて行ってみました。
 
 
地下鉄松ヶ崎駅徒歩5分という立地に「迷ったりしなかな~」と思っていたら、案の定迷うw
さんざんうろちょろして、やっとこさ住宅地のど真ん中に佇むお店を見つけたときは、なんだか森の中でキツネに化かされて幻の家を見ているかのようでした。
 
 
さて、お寿司。
ネタによってシャリが使い分けられていまして、一個一個は小振りなものの、どれもネタの下ごしらえに手が込んでる感じで、熟成具合もかなりウマー。
新鮮さとか大きさで勝負する系のお寿司屋さんも良いですが、こういった上品なお寿司屋さもいいなー。
お寿司はまるで未開拓分野なので、こういう仕込みに手が込んでる系のお寿司をもうちょっと知ってみたいところです。
ワインは噂通りブルゴーニュの品揃えがすごくって、背後にはウォークインのワインセラーにずらりとならんでいて、飲み頃がかなり安くでありました。
ネタに合わせてなのか?、グラスが僕としては微妙な感じがしたので、好きな人ならボトルを頂くのがお得なように思います。
 
 
お値段はたしか、4500円、6500円、8500円のコースだったと思います。
が、意外に安いねとおもって、調子のっておつまみ頼みすぎたら、
京都のお店らしく値段が書いてないので、お勘定みたらプギャー!ってなります。(なりました。泣)
しかし、お寿司だけでもまた行きたいな~と思うお店でした。
絶対ワインに興味が無い人でも美味しいと思います。
いかん。書いてたらムズムズしてきた。(;´Д`)ハァハァ
<2009年6月>
ということで再訪。
車だったのでワイン飲めませんでしたが、お寿司だけでもほんとおいしい!と再確認であります。

日出鮨 (寿司 / 松ヶ崎、北山)

鎌倉

鎌倉

おお。気づいたら、また1ヶ月もあいてしまいました。
 
 
大晦日あたりの話ですが、先日まったく個人的に、はじめて鎌倉にいきました。
 
 
 
 
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七里ヶ浜の「リストランテ アマルフィイ」というイタメシ屋さんで。
雲ひとつない青空。
 
  
 
 
 
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湘南海岸の夕日を、会社のカメラ部ブログで書いてたトイカメラ風に変換
う~ん。良い休日でした。
情緒のある素敵な街です。  
 
  
んで、国盗り。とうとう100ヵ国達成ですw

謹賀新年

謹賀新年

あけましておめでとうございます。
 
気がつけば、あっという間に2008年も終わってしまいました。
 
2008年を一言で表すとすれば「迷」
公私ともに、色んな場面で迷うことが多かった一年だったように思います。
  
 
特に仕事面では、目標にしていた数字にかすりもせず、本当に悔しい結果でした。
 
中長期な視点で見れば評価できる1年だったと思っているのだけど、そうはいっても結局は数字が全て。
長い目での評価なんて、単年での最低限の目標をクリアしながらじゃないと意味がありません。 
 
 
 
そして折からの不況です。 
Webの世界はそれほどではないにせよ、経済状況に明るい兆しが全く無い中で、まだまだどうなるかまったく見えません。
 
 
こんなスリリングでエキサイティングな環境はなかなかないでしょう。
この2009年。間違い無く今の仕事を始めてから一番印象深い一年になると思います。
 
  
 
 
「脳味噌に錐を刺し込んで、血が吹き出るまで考えろ。ビジネスにこれで充分という言葉はない。 どうしたら今より一銭でも多くの利益を上げられるか。自分の夢を実現出来るか。 それを常に追い求めるのがお前の仕事だ」(『再生巨流』楡 周平)
  
 
「楽しんで仕事する」というポリシーだけは絶対に崩しませんが、笑いながら頭に錐刺して頑張りたいと思います!

ぬこの街、谷中で32歳になるの巻

ぬこの街、谷中で32歳になるの巻

もう先週末ですが、週末に東京に出張があったので、ついでに東京をぶらぶらすることにしました。
 
 
下町っぽい風景を撮りたいなぁと思ったのですが、でも浅草は何度か行ったことあるので、東京在住の某氏に案内してもらったのは、谷中周辺。
谷中と言えば、池波正太郎を思い出します。
たしか谷中は鬼平に良く出てきたなーと思ってググってみたら、こんなページもありました。
ううっ。久しぶりに鬼平読みたくなってきた。。。
中高生くらいの頃は池波正太郎に入れあげまくってて、文体模写なんかもしてたものです。
 
 
しかし、はりきって出かけたものの、あいにくの曇天模様で、あまり良い写真は撮れませんでした。
いや、うまい人は曇りでも良い写真を撮るんでしょうから、やはり腕のせいでしょう。orz
はじめに行ったのは根津神社。
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なんか東京じゃないみたいです。
空気がゆったり流れる感じがします。
 
 
 
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銭湯を改築したギャラリーがあったり、谷中はネコが多いのですが、ネコの人形ばかりを集めたおみせがあったりと、なかなか情緒溢れる町並みでした。
ううっ。また写真撮りにきてやるー。
 
 
  
 
 
さて、日も暮れてきましたので、晩ゴハンはもんじゃ焼き。
本場東京でもんじゃ食べるの初めてです。
 
 
 
 
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ん?右上。なんだ。ベビースターって?
 
 
どうやら東京では、もんじゃにベビースターは当たり前らしいです。(・ω・)?
  
 
 
 
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・・・もんじゃとベビースターが別皿ででてきました。
 
 
 
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まだ使わないみたい。
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輪っかができました。
 
 
 
 
 
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お。残りの液をかけました。
 
 
 
 
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最後にベビースター投入!
 
 
 
 
塩味がきいてウマー!
 
 
 
これは、なかなかもんじゃの奥深さにハマりそうです。
楽しい半日でございました。本当にありがとう。 
 
 
日暮里あたりの雰囲気といい、東京なら下北沢も良い街だと思ったけど、この辺も住んでみたいなー。
 
 
 
  
 
さて、ちょうど誕生日の前日だったので、せっかくなのでお宿はフンパツしてみました。(σ・∀・)σ
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一人で泊まるとこじゃないですが。。。orz