「豊田章男が愛したテストドライバー」稲泉連

By | 2016/07/08

なんと5年ぶりのブログ更新。

やっぱり書評をつけないと、良かった本も流れていってしまう気がするので、印象に残った本は記録していきたいと思います。

第一弾はこちら。

この男なくしてトヨタ再生は語れない!

社長就任発表後、試練の嵐は吹き荒れた。
59年ぶりの赤字転落。レクサス暴走事故を巡って米公聴会出席。東日本大震災の対応にも追われた。  

“どん底”の豊田章男を支えたのは、開発中の事故でこの世を去ったテストドライバー・成瀬弘の言葉だった。
「人を鍛え、クルマを鍛えよ」

育ちも立場も世代もまるで異なる
師弟が紡いた巨大企業再生の物語――。

これは世界最大の自動車メーカーの開発の現場に立ち続けたテストドライバーと、その後ろ姿を追い、今は社長の座に就いた男が、長年にわたって築き上げた師弟の物語である

自分たちの作っているモノを、なるべく現場の近くで見ることの大切さはもちろん、何より好きであることが大事なんだと感じました。
そして、好きであるためには学ばないといけない。

本書の中にも、豊田さんが、成瀬さんとともに、スープラで練習を繰り返す姿が描かれています。

この本を、ブログ再開の1発目に持ってきたのは、僕も、もっともっと動き続けるインターネットの世界の中で、新しいことを知るための努力をしないといけないなと思ったからでした。

そういえば5年で読書環境もすっかり変わりました。
紙の書籍を読む機会は激減して、メインはkindleになりました。

kindleのハイライト機能はとても便利で、印象に残ったところをハイライトしておくと、Webからも取り出せるので、ブログで抜粋が簡単になりますね。

昔は、本当に印象に残ったところを、紙の一節を見ながらテキストに起こしていたもので、そうすることで頭に入るという効果もあったので、善し悪しという面もあるのかもしれません。

「大事なのは、クルマに乗って『ああ、これにもう一度乗りたい』と思ってもらえるかどうかなんです。例えばあそこのレストランが美味いと言うとき、『ソースが美味いから一万円払うんだ』という人はいないでしょう。あれがいい、ここがいい、と言われているうちはまだダメ。乗ってみて『ああ、これはいいね』と言われるのが一番いい。『このクルマはロール(曲がる際の車体の傾き)が少なくていいね』だったら町工場にいけばすむ。このクルマは面白い、このクルマはすごい、と言われるものをメーカーはつくらないといけない」

今のクルマ、気持ち良くないから、買い換えたいなあ・・・

一九九一年のトヨタの販売台数は、累計四百八十万のうちの二百五十万台が国内でのものだった。それが二十五年のときが経過したいま、約一千万台のうち国内での台数は約百五十五万台である。国内の社員数は約七万人だが、グローバル・トヨタでのその数は連結で三十三万人を超えてさらに増え続けている。  二〇〇二年四月に発表された「グローバルビジョン二〇一〇」では、二〇一〇年代の世界シェア一五パーセントという具体的な目標が掲げられ、海外生産への取り組みが一段と加速した。フランス、中国、チェコ、アメリカと新工場が次々に稼働し、五年後には二十七の国と地域で五十三もの事業を展開するに至った。海外を中心に年平均で約五十万台というペースで成長を続けたトヨタは、二十万台規模の工場を毎年二、三か所で新設していった。

不勉強ですが、トヨタが、これほど急なペースで膨張していたイメージがなかったので、意外でした。

数値目標に振れ過ぎていた振り子を、社長は真ん中に戻そうとした。そのためには反対側の強いメッセージを出さないと振り子は戻っていかないので、かなり強い言葉でそれを言い続けてきた。ただ、そのメッセージはそう簡単には伝わらないものでした

公聴会が終わった夜、豊田はCNNのトークショー「ラリー・キング・ライブ」に出演した。司会者のラリー・キングからの辛辣な質問に答えた彼は、最後に「どのクルマが最も好きか」という質問を受けた。  豊田は言った。 「私は年に約二百台のクルマに乗っている。クルマが大好きですから」と。  一連の品質問題による大規模なトヨタバッシングが収まり始めたのは、そのインタビューの後だったという実感が彼にはある。全米の視聴者に対してトヨタ自動車の社長が会社経営ばかりに興味を持つ人物ではなく、クルマそのものを愛する男だということを印象付けたからだ

「クルマをつくっていく上では、タイヤをいかにうまく使うかが何より大事なんだ。まずタイヤが決まって、そこからクルマをつくっていくんだ」

「クルマを開発するには設計図を描いて組み立てるだけではダメだ。レースカーはレースの度に、コースに合ったセッティングに変えるだろう? 一般車も全く同じだ。いくらエンジニアが図面の通りに組み立てたところで、路面に合っていないクルマはいいクルマとは言えない。世界にはいろいろな道がある。その道に合うクルマを開発しなければならない」  つまり、「クルマは道がつくる」と彼は言っているのである

いいクルマをつくるのは人なんです。つまり、僕がしなければならないのは、人を作ることなんだ。そこに部署は関係ない。いいクルマづくりというのは開発や生産技術だけではなく、アフターサービスでも貢献できるし、営業でも販売でも広報でも、クルマとは関係ありませんと言える部署はどこにもない。どんな立場にいても、いいクルマをつくることにかかわることはできる。だって僕らがやっているのは自動車会社なんだから

会社の成り立ちからして豊田佐吉が「上下一致、至誠業務に服し、産業報国の実を挙ぐべし」と豊田綱領に掲げ、喜一郎が「この国に自動車産業を興す」ことを目的としたメーカーがトヨタであり、LFAのようなスーパーカーの開発が簡単には受け入れられないことを身に染みて理解していた。  トヨタにはカローラやハイエースがあれば、ミニバンやトラックもある。それらの大衆車が会社を支えているのであって、金食い虫のスポーツカーの開発などする必要はない。そんな声はいまも昔も根強い。 「うちの会社はスポーツカーやスポーティなクルマを出すには出すんだけれど、純然たるクルマ好きがつくるクルマというよりは、商売の論理がどうしても入ってくる。そこは成瀬さんもフラストレーションを感じていたところでしょう。彼がニュルで鍛えたスープラなんかもそうでした。法律で排ガス規制が厳しくなると、何らかの対策を打たないと新型が出せない。すると、そのタイミングですぐに『それだけの価値があるのか、こんなわずかな台数に』というリソーセス議論にさらされてしまう。  そうすると勝ち目がないんです。売れないじゃないか、台数は小さなものじゃないか、と言われちゃうとね。それは会社の性格上、仕方のない面もあると僕は思ってきた。トヨタは本田宗一郎やエンツォ・フェラーリが作った会社とは違う。だから、この会社でスポーツカーを出すには、そこを乗り越えるために何が必要かを考えなければならない

「トヨタ自動車という会社は、新興国には生活の足になるクルマを提供する会社です。そして、地球環境についてはプリウスのようなハイブリッド技術がある。私たちは環境分野ではトップランナーだと胸を張れる技術を持っているわけです。しかし、トヨタには欠けているものがある。それがクルマ好きの人たちに対して、純粋な夢や憧れを喚起するような商品です。このクルマは、そうした人たちに向けての大きなメッセージになるはずです

「成瀬さんはいつも言っていました。LFAがカーボン・ボディになって本格的な開発ができるようになったとき、自分たちを取り巻くニュルの雰囲気が変わった、と。例えば、僕らがニュルパッケージでコースに入ると、みんなの視線が集まるのを感じるんです(飯田は二〇一一年、LFAで当時の市販車最速である七分一四秒六四というタイムを記録した)。それは『今回は何をやるんだ』という視線で、コースインするとポルシェだろうがベンツだろうが、僕の前をすっとどいてくれる。自動車会社というのは、こうやって尊敬を勝ち取っていくものなんだと実感した瞬間でした」  それはトヨタの歴史のなかで、初めてのことだと成瀬は言っていた

豊田は「最終的な決断でどれだけの人の顔を思い浮かべることができるか。それが経営者にとって重要な資質なんだ」という思いを強くしたと話す。 「工場をともにやってきた人たちがいる。そこにかかわる仕入れ先や関連会社がある。進むも地獄、引くも地獄。しかし、何もしないことは将来に痛みを押し付けるただの先延ばしに過ぎない。その痛みや悲しみを敢えていま背負いこんで、後に良かったと言ってもらえる仕事をすること。それが現役の役割なんだ

「結果をいまに求めない。次の世代が成果をとればいい。そんな思いで働けるのは創業家だけだ。それこそが豊田家が誇るべき伝統だ


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